湯布院温泉の利用状況
小さな町が好きだ。
ながらくあちこち旅してきたので、カンといったものができている。
「この町はどうかナ」日ごろから気をつけている。
新聞や雑誌で見かけると、切り取っておく。
何かの用で出かけたとき、ついでに寄り道をする。
まるで知らない町だが、なぜかよさそうな気がして、ためしに立ち寄ってみた、といったこともある。
「アレレ‥…」お目あてのところが案に相違してつまらなく、しかたなしに一つとなりに移ったら、とてもいい町と出くわした。
そんなケースもある。
何かしら共通点があるようだ。
いずれも多少とも不便なところにあって、鉄道だと支線なり私鉄なりに乗り換える。
あるいは、それもとっくに廃線になっていて、一目何便かのバスだったりする。
たいてい古い町である。
城下町だったり、寺町だったり、宿場町だったり。
それなりの歴史になってきたが、ごくささやかな役まわりであって、天下の趨勢などとはかかわってこなかった。
御城下といっても、ナントカという大名の分家筋が殿様で、石高はせいぜい二万石どまり。
城跡が桜の名所になっている。
とりたてて宣伝するほどの名所旧跡があるわけではない。
目ぼしいところは、二、三時間でまわれる。
そのあとはブラブラしている。
裏通りの繁り合った庭の奥に、古びた西洋館がのぞいていたりする。
「お茶・お華・和裁・初歩より教授資格まで」もはや用のなくなった看板を、しげしげとながめている。
やや傾いた家の軒に「靖国英霊の家」の札が貼りつけてあって、時がハタと止まったぐあいだ。
都市も銀行も組織も催し事も、何もかもが大きくなる。
大きくなることが、唯一生きのびていく手段であるかのようだ。
拡大は速度と連動しており、大きくなればなるほど、そこのシステムそのものがスピードを要求される。
せわしなく、あわただしく、めまぐるしくなる。
たえず変更や、更新や、移動があって、かたときも停止が許されない。
ほんのちょっと腰かけて休もうとすると、たちどころに「落ちこぼれ」のレッテルがつく。
ちょっと不便で、現代から少しズレた小さな町は、わずかに残された避難所だ。
毎日の暮らしのなかで、つい忘れがちな何かを思い出させてくれる。
きまってそんな町には、一徹者がやっている古風な喫茶店があって、のどにしみとおるような伽排にありつける。
着なれたシャツにジーンズ、愛用の軽いジャンパー。
靴は足の甲をキリリと紐でむすぶタイプ。
旅用具は小ぶりのリュックサックが一つきり。
両手が自由だし、地べたであれ床であれ、どこにでも置ける。
リュックには少々ゼイタクをしている。
いまのは二代目だが「バクライ物」で、実にぐあいがいい。
肩にちょいとひっかけただけで、ちゃんと安定している。
飾りめいたものは一切なし。
背のあたるところに工夫がしてあって、たっぷり詰めても重みが伝わってこない。
要所に革があてがってあって、それが手ずれで風格のある色つやをおびてくる。
何ごとにも研磨が要るもので、このタイプにいきつくまでに、いくつも廻り道をした。
中には洗面具と地図と小型のカメラ。
折りたたみ傘と薄手のマフラー。
天気がどう変わっても安心だ。
小袋が二つ。
一つには、いろんな種類のアメ玉が入っていて、疲れたときなど口に放りこむ。
もう一つは腹痛や下痢や風邪用のクスリ入り。
すりむいたりしたときのためのメンソレータム。
さらに扇子が一本。
暑い季節だけでなく、湯上がりに重宝する。
ほかにはメモ帳と三色ボールペン、財布が二つ。
一つはいつものお尻のポケット、もう一つがリュックのポケットに納まっている。
お尻のをなくしても大丈夫だし、めったにないことながら、旅先で員い物をしたいときもある。
これを称して「ケータイ銀行」。
資金量は数万円程度だが、銀行を背中にしょっていると思うと、こころ強い。
このリュックが、いつもかたわらにいる。
人けない町はずれ、乗り物の隣席、公園のベンチ、寝床のかたわら。
文字どおり同行二人、わが分身であり、この相棒は無口で、従順で、我慢強く、邪険にされても文句一ついわない。
わりと近くでも、一泊をあてる。
家を出るのは午後である。
夕方ちかくのこともある。
どうして朝に出ないのか? 朝に出かけようとすると、前夜から気がせくものだ。
早く起き、せかせか朝食をとり、あわただしくとび出したら、ちょうど出勤時間とかち合って、背広組のなかに身をちぢませることになる。
前夜から気にしていたせいか、どうも寝たりないぐあいで、やたらにあくびが出る。
早朝のあわただしさで、忘れ物に気づいたりする。
なくてもかまわないにせよ、忘れたこと自体が不快である。
出てきた勢いからして、目的地に着くことを優先する。
途中の町など眼中にない。
乗り換えのとき、一つでも先の便にして、ときには階段を駆け上がる。
「ヨーシ、まにあった」会社出勤のときと変わらない。
それほどまでしてやって来たわりには、中途半端な時刻に着いて、時間の使い勝手がよくないものだ。
一つところでゆっくりしていられず、朝と同じようにせかせかして、何がどうというわけもなしにもの足りないまま、宿に入るハメになる。
午後出発の場合、朝はふだんどおりでいいのである。
新開を読み、庭の花をながめ、ボンヤリしている。
爪切りを持ち出し、爪を切る。
いつものリュックサックなので、あらためて用意するものなどないのだが、ふと思いついて追加する。
しかし、考えてみると、たいして必要のないものであって、また元どおりに修正する。
昼さがりや午後の乗り物はすいている。
遅く出たわりには、夜までけっこう時間があって、途中に十分、寄り道ができる。
要はこの日、目的地の宿に着きさえすればいいのである。
由緒ある旅館は、多少とも気が重い。
幸いにも小さな町には、その手の宿はまずもってない。
昔は駅前旅館といった。
たしかに駅の前、あるいは駅前通りを少し行った先の曲がり角にあった。
映画「駅前」シリーズの舞台になり、コミカルな人間模様で笑わせた。
森繁久弥や三木のり平やフランキー堺といった、なつかしい俳優たちが、お手のものの芸達者を披露していた。
実際はあんな騒々しいものではなかった。
かすれぎみの金文字で屋号の入ったガラス戸。
入ったところがコンクリートのたたきで、隅にオモトの鉢があり、焼き印入りの下駄がきちんと揃えてあった。
あたりは静まり返っていて、正面の柱時計がチクタク音を立てている。
何度か声をかけると、奥で人のけはいがして、眼鏡を鼻先にずらした当主がノツソリとあらわれた。
さすがにそんな宿は、もうほとんどなくなった。
代わってビジネス・ホテル、あるいはシティ・ホテル。
新しいスタイルの駅前旅館である。
より機能的で、快適で、ゆっくりくつろげる。
予約は簡単だし、いつ入ってもいい。
昔の駅前旅館のご主人は、たいてい頭がうすかったが、当今の駅前ホテルもリタイヤー後の第二の職場になっているのか、フロントの人のおつむのぐあいがよく似ている。
町にくわしい点も同じで、安くて旨い店を教えてもらえる。
相客なども、以前とさして変わらない。
夜ふけに廊下で足音がして、仲間同士の別れぎわのやりとりがドアごしに聞きとれる。
その人の職場や暮らしを想像していると、そこはかとなく「旅」のふぜいがわいてくる。
一泊後の二日目が、旅の初日である。
この身はすでに旅先にいる。
この日いちにち、たっぷり時間がある。
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